私が会社を辞めた理由

こんばんは、カメラ転売の遠藤貴俊です。

 

今回は、私が会社を辞めた理由、経緯について話していきます。

辞めた理由は簡単にいうと、インターネットビジネスに出会い、可能性を見出したから

なのですが、それについて詳しく・・・・・

 

私は2009年4月から、製造業の会社に勤務しました。

高校を卒業し、そのまま18歳新卒で就職しました。

なんで製造業のその会社だったかというと、単にここら辺では基本給が高かったから。

車で飛ばせば15分くらいで着く地元の企業、ということです。

大学や専門学校という道ももちろんあります。

というか、高校で終わらずにまた更に学校に通い、進学して学問を続ける方も

この時代は大勢います。

しかし私ははなから考えていませんでした。

まず、大学に入れるだけの学力がない(笑)

選ばなければもちろん大学には入れたと思いますが、今度はお金がない。

とてつもない貧乏な家ではないですが、余裕があるとは思えなかった(笑)

ごめんよ両親(笑)

 

私は中高と野球に励んできましたが、とてつもなく上手なわけでもない。

高校野球が終わった時点で結構燃焼していましたし、これ以降は草野球で

ワイワイやっていこうと、それが楽しみでした。

現在もその草野球は楽しんでいます。

結構野球は大好きです。

といいますか、野球というスポーツにとって、「人間、遠藤貴俊」は作られたと思います。

私には野球の血が流れています。

野球で出会った方々と起業家仲間を作って、いずれは野球チームを結成したい

なんてことも少し思っていて、その意味も込めてこんな動画をアップしています。

 

この動画が現時点で、私のアップしている動画の再生回数1位!(笑)

 

話がそれそうなので戻すと・・・・

そんな、野球推薦で大学に行くこともなく、私は大学には行かない、と早くから思っていました。

 

では、専門学校は?短大は?

正直、高校3年生の野球を引退した時点で、なにも夢が無かったんです。

ですから「やりたいこと」も特にありませんでした。

専門学校とは私のイメージでは、なにかを専門的に学ぶ学校だと思っていますが

別に専門的に学びたいことなど無い・・・

 

両親は高卒で働いていましたし、高校からまたさらに学校に通う

というイメージが、私には持てませんでした。

そんな感じで就職。

 

せっせと働いていました。

自分でいうのもなんですが、仕事はできた方だと思います。

まあ、ミスもしていましたが(笑)

仕事のスピードには自信がありました。

あとは、これをやってくれ、といわれたことをこなすことが得意でもありました。

しかし、いま思い返してみれば、結構意見ぶつけていましたね(^^;

 

そういう意味では辞めてよかったのか、、、

 

でもですよ?

私はその会社に人生を捧ぐと思っていました。

その会社で定年まで働くと思っていました。

職を変えるなんて考えもしなかったんです。

なぜか?たぶんこんな想いがあったからだと思います。

 

 

ご飯を食べてきました、続けます。

 

どんな想いか?

私はこれまでの人生で、なにかを途中で辞める、ということをしたことがありませんでした。

小学1年からは、雪のシーズンはクロスカントリースキー

それ以外は陸上のスポーツクラブに入っていましたが、6年の3月までやり抜きました。

正直スキーがかなり嫌いでした。アルペンスキーは大好きだったんです。

あの山から下りてくる方の。

しかし、歩くスキーのクロスカントリーは、好きにはなれませんでした(笑)

 

辛い、寒い、指の感覚が無い、遅い、成績悪い。

楽しいと感じることももちろんありましたが、やはり好きにはなれませんでした。

小学3年生の時点で、大会に出るのを拒んでいた記憶がありますが

本当に嫌いでした。

正直、辞めたいと思いましたが辞めなかったんです。

 

で次に、中高の野球。

これも辛いことが8楽しいことが2、位の割合だったかもわかりませんが

辞めませんでした。当時から野球は大好きでしたし、いまでも大好きです。

高校野球の経験、これより大変な想いをすることはないよな、とその当時は思っていました。

実際に肉体的に辛い経験は、高校野球がピークです。

あれがあったからいまの私があります。

 

と、他にもいろいろありますが、

私には、物事を途中で辞める、という経験がなかったんです。

何かを途中で辞めるということは、とてもネガティブなことだと捉えていました。

ですから同じように、18歳で就職した製造会社も死ぬまで働こうと思っていました。

 

そんな時です。転機は2012年12月25日に

寝ようと横になりスマホでYouTubeを見ていた時に、1本の動画に出会ったのです。

これは他の記事かなんかで書いているので割愛させていただきますが、

 

要するに、インターネットビジネスというものに可能性を見出してしまったのです。

 

翌年の2013年1月2日に初マイパソコンを購入し、5月いっぱいで退職するわけですが、

インターネットの世界に飛び込み学んでいく中で、私は危機感を深くていきました。

 

いま現在働いていて、でも安定を求め、職を変えたり副業をしたりと

そういう行動ができない方が大勢いますが、それが恐ろしいことだと私は感じるようになっていきます。

 

ある本で読んだのは、年金は私たち世代はもらえない、と

何年先の話をするんだ!と思うかもしれませんが聞いてください。

 

年金制度はとっくに崩壊していて、私たちは貰えないと。

たとえ貰えたとしても、自分の力で収入を得る能力が必要なんだということです。

仮に65歳まで会社で働いてそれ以降年金の収入はなし。そう過程しましょう。

 

例えば夫婦2人で見積もって、月に30万円くらいは必要だと。

1年間で360万円。

最近は平均寿命も延びていますから、85歳まで生きるとしましょう。

360万円×20年=7200万円

 

つまり65歳で収入が途絶えたとしてその時点で7200万円が必要になるということです。

ある新聞社などの計算では、1億円を超える数字も出ているそうです。

 

ですから7200万円は脅しでもなんでもなく、それが現実なのです。

もしかして85歳ではなく、そこからまだ生きたらこれでも足りません。

100歳を超える高齢者が続出するこの時代、自分も例外ではないかもしれません。

そのケースも計算してみましょうか?

 

 

私は入社してから毎月5万円を貯金していました。

なにがなんでもそれは止めずに続けました。

途中で車と時計を買い、200万円はなくなりましたが、またそこから再開しました。

私の当時の手取りは16万円とか?そのくらいです。

そこから昇給もあったと思いますが、結婚や子供を持てば、毎月5万円の貯金など困難になっていくでしょう。

 

では計算してみましょう。

20歳から65歳まで毎月5万円貯金していったらいくらになるか?

年間60万円×45年=2700万円

 

これが現実です。

7200万円必要なのに2700万円です。

確か毎月30万円必要だったわけですから、2700万円÷30万円=90ヶ月

 

ということはつまり65歳から、72歳と5カ月で底を尽きます。

どうなるか?餓死かなんかですか?

 

私はある本を読んでこれを知った時に危機感をものすごく感じた訳です。

いまになって思えば、そもそも65歳まで生きるかどうかなんてわからないし

そんなことをイメージすらできませんが、仮に85歳まで生きたら、という想定です。

 

ですから、このままサラリーマンを続けていたら絶対にまずい、そう思ったんです。

安定も何もない。自分の力でで収入を確保する能力が必要だと感じました。

 

で始めたカメラ転売、いきなり稼いでしまい3ヶ月目で月利35万円。

とっくに本業での収入を上回ってしまいました。

と同時に可能性を見出したのです。

これで生きてみようと。

 

自分でいうのもなんですが、行動力がある方だと思います。

それの理由はたくさんありますが、そのウエイトを占めている一つに

「危機感」があります。

さっきの年金の話もしかり、私はもっと危機感を持って生きていかなければならないなと。

 

そういう想いの中で、このまま会社に居続けることの怖さ、恐怖を感じ

いまに至ります。

 

いまでは月収160万円を達成しました。

それでも危機感は消えません。というかたぶん一生消えないと思います。

危機感は悪だとは思っていません。むしろ善です。

 

これが私の原動力ですし、常に感じて行動していきたいと思います。

立ち止まってはいられないのです。

 

 

リコー

 

 

こういった商品も扱います。

リコーのレンズです。

値段もお手頃で人気があります。

 

この商品は1個で5,600円の利益が出ました。

売り値は23,000円です。

 

これくらいの単価でも十分、5,000円以上の利益を出すことは可能です。

大事なのはリサーチ力です。

 

 

お読みいただきありがとうございました。

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